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発行月 コメント
2001年 2月号
 私が東京から金沢に戻ってきた昭和60年当時、石川県内には建設コンサルタントのプランナーという存在はほとんどいなかったように記憶しています。
 15年が経過し、石川県内でも多くのプランナーが育ってきたように思っていたのですが、限られた建設コンサルタントに集中し、土木設計を中心とする建設コンサルタントでは、なかなかプランナーが育っていないのが現実のようです。

 明日裡空塾でも、技術レベルの勉強会というよりは、プランナーとしての姿勢、仕事への関わり方といったものが多いようです。
 たしかに、行政委託・コンサルタント受託という二者の関係ではなく、居住者・経営者、学識経験者などが加わり、誰のための計画なのかというとまどいが出て当然なのもしれません。
 計画の目的によっても違うのですが、プランナーは、居住者や商業者の環境をより良いものにすることを目指さなければなりません。
 ただ、「今の居住者・商業者」と対座していたのでは、新たな費用負担や規制に抵抗を示す方も多いはずですから、計画にならないことも多く、未来の「実施後の居住者・商業者」と語る必要があります。
 「実施後の居住者・商業者」の喜ぶ顔を思い浮かべながら、計画を立てていくといった表現が適切かもしれません。
 さらには、行政の思い、学識経験者の思いが異なる場合も多く、そんな時は本当に身を削る思いとなってしまいます。

 一度渦の中に入ってしまうと、なかなか脱出できなくなりますが、経験を積んでいく中で、ターニングポイントを的確に捉え、対処していくことができるはずです。
 米国の大学で、成功者の技能について統計をとったところ、15%の技術能力と85%のコミュニケーション能力という結果が出たそです。
 プランナーとしての基礎技術は3年〜5年で習得できると思いますが、問題はやはり他者との良い関係を保つコミュニケーションがとれるかにかかっているようです。

 「一を聞いて十を理解する」ことは難しいですが、円滑なコミュニケーションをするためには、必要なことかもしれません。

2001年 3月号
 私は常日頃「元気があるから夢を描け、夢を描けるから汗をかき、汗をかくから元気が出る」と考えています。
 これは計画をたてる地区の居住者・商業者にもあてはまることですが、計画を立てる当の本人にも言えることですし、コンサルタント会社そのものにも言えることだと思います。
 元気がなければ、夢を描くことができずに、他人の夢に便乗するしかなくなります。他人の夢が自分の夢となっていないから、汗をかくことができない・・・悪循環をどこかで断ち切る必要があります。

 「元気」についてあれやこれやと解説する必要はないと思うので、「元気ではないこと」について少し書いてみたいと思います。
 元気がない時は「辛い」時ではないでしょうか。
 何かに行き詰まって「辛い」、思い通りいかなくて「辛い」、失敗してしまい「辛い」などなど。
 この「辛」という漢字は何かに似ていると思いませんか。「辛」という漢字は、おもしろいことに「幸」から「一」を差し引いた漢字なのです。
 漢字の創造者がこれを意識していたかどうかは知りませんが、私には意味があるように思えるのです。
 「一」とは「任意の段階でのゴール」で、「幸」は「目標となるゴールに達したこと」、それに至るまでが「辛」という意味にもともとれます。
 でも、「元気」との関係から見ると、「明確な目標がないこと」が「辛」であり、「明確な目標に向かって汗をかいていること」が「幸」という気がしてならないのです。
 この場合の「明確な目標」とは、マズローの「自己実現欲求」であり、「報酬を目的とした活動ではなく、活動そのものが目的」である欲求、目標であると思います。
 
 プランナーを目指す以上、「地区の居住者・商業者の幸福」を目指した計画を考えなければなりませんが、そのプランナー自身が未熟な自我と尊厳欲求の段階で停止していたのでは、良い計画になろうはずがありません。
 
 別にプランナーが人格者でなければならないということではないのですが・・・。 



2001年 4月号
 「元気・夢・汗」の関係、そして「元気」について書きましたので、今回は「汗」について書いてみたいと思います。
 前回に引き続き、「汗」という漢字からの連想でいきます。
 「汗」という漢字は「水が干しあがる」と書きます。
 「汗が流れているのも気にならず、いつの間にか乾いて干しあがっているほど熱中している」という状況を意味しているかのようです。
 好きなことをやっていると、時間の経つのも忘れ、「気づくともうこんな時刻」という経験は誰にでもあると思います。
 夢の実現を目指し、活動していることを表現しているこの「汗」は、辛いとか、苦しいとか、眠いとか、休みたいとか、そういった感情が一切わいてこない、言うなれば「楽しい」時間を表現しているのかもしれません。

 地域振興、地域活性化、まちづくり、などの言葉で示された活動を支える人々が、この「汗」に表現された活動をしているとすれば、たとえ目標が達成しなくても、とても「元気なまち」となるはずです。
 そんな地元と共有できる「夢」を計画できれば、プランナー冥利に尽きる、というものです。

2001年 5月号
 いじめ、幼児虐待、家庭内暴力など、耳を疑いたくなるような事件が続いていますし、こうした事件が特殊なものではなく、ひとごとと言っていられない現実が本当に悲しい時代です。
 プランナーは、こうした分野にも原因を見つけ、「まちづくり」というキーワードでこれを解消していくことを考えていかなければならないと思います。
 私は心理学者でも社会学者でもありませんから、正確な表現はできませんし、それが根本原因であるとすることもできませんが、あえて表現してみたいと思います。
 一般的には「自己中心的性格」が原因であると言われています。
 ただ、これが根本原因であるとすれば、「性格を修正」するといった個人的な自律を要求するだけに終わってしまいます。
 私は、この「自己中心的性格」も含め、こうした悲惨な事件の原因は「過度な自由の追求と自由を否定されることへの自己防衛」であると考えます。
 人類の歴史は、マズローの欲求の構造のとおり「生存」、「安全」、「所属」、「自己尊厳」、「自己実現」に向かって進んできたと考えられます。
 その中で、より「自己欲求」を満たす条件として、「場所」、「時間」、「人間関係」における「自己自由」を求めてきたのではないでしょうか。
 生きていくために必要であった集団生活、集団生活の掟からの自由と家族の独立、親からの縛りからの独立と核家族化など「地域からの自由」をはじめ生活、経済、文化すべての分野で「束縛からの自由」を邁進してきました。
 「自己の自由」が「善」であるという意識は逆に「自己の自由を奪う対象」は「悪」であるという意識となります。
 これが「過度な自由の追求と自由を否定されることへの自己防衛」と表現しているものです。
 私は、「自由意志で参加できる活動の場の提供」が必要であると考えます。
 「地域の掟」や「家族の監視」を復活させることは難しいですが、今後は、「目的に向かって行動を共にする仲間がいる」など、支え・支えられる関係づくりという自由意志で参加するコミュニケーションづくりが課題ではないでしょうか。
 「まちづくり」もこの意味で住民が参加したくなるような場として提供していかなければならないと思います。

2001年 6月号
アスリック10周年記念パーティ

2001年 7月号
 今回も説教じみた内容になってしまいますので、あらかじめお詫びいたします。
 つい最近まで、当社の本棚には「明日裡空心得」として4つの紙が張られていました。
 張ったのも、創作したのも、はずしたのも私ですから、別に当社としての心得では特にないのですが・・・。

【その1】
 我々に必要な知恵とは己が担ぐ
一.時間=管理=能率
二.空間=質=デザイン
三.意思=目標達成=調和
であり、それらが可得のものとして精進することにある。
 されど、体崩れれば法なし、法崩れれば体なし。
 「病」は「止む意」と心得、日々是怠ることなかれ。

【その2】
 相対的地位にとらわれることなく誠意をもってこれにあたること、肝に命ずべし。
 地位に溺れる者、いつしか捨てられること間違いなし。
 常に平常心をとどめ、支えることに徹しのち、声はいつしか染み渡る。

【その3】
己を惑わす環境を憂うより
己が惑わす環境を重んじよ。
己を惑わす環境は好機の前兆ともなるが
己が惑わす環境は悪機を招くばかり。

【その4】
慎重になることと
新たなる事を否定すること
それらを混同するなかれ。
前者は策をもって事をなし
後者は策なくして身を隠す。

受け入れることと
大胆になること
それらを混同するなかれ
前者は危うきを知って、かつ、抱擁し
後者は危うきを知って、かつ、手を失う


 あえてここで解説はしませんが、興味のある方はしばらく静観し、考えてください。
  

2001年 8月号

 プランナーとして、というより現代において企画に関わる人々に望まれる能力とはいったい何なのでしょうか。
 さまざまな見方、表現が可能かと思いますが、技術力の評価という観点から6つのキーワードが導き出されると考えています。
1 基盤的能力
1.1 確実性(自己時間管理)
 工期を守る、約束を守るなど簡単なことなのですが、これがなかなか守れないのが現実です。日ごろの作業スケジュール管理を余裕をもってしていくことが必要なのでしょう。
1.2 安定性(自己意識管理)
 仕事にムラがないということですが、どうしても気分に左右されがちです。でもこの気分が以外に成果品に現れていることも多いので、自分なりの気分転換手法を見つけた方が良いのかもしれません。
1.3 速度性(自己空間管理)
 どちらかといえば、サービス業務になりがちな企画ですから、委託金も比較的安価です。売上を伸ばすには、迷わない・悩まない・間違わない能力を身につけ、短時間で業務をこなすしかありません。
2 発展的能力
2.1 柔軟性(基本理念の確立)
 別に相手の意見に従うという意味だけではありません。相手の意見をいかに自分の意見に融合させるかが問題です。その場合には対象となる業務の核、中心軸を見定める能力が必要です。場合によっては否定しなければいけないこともあるかもしれません。
2.2 信頼性(的確な対応)
 企画には必ず提出する相手がいます。相手がどんな立場で、どんな性格で、何を望んでいるのかを、限られた情報の中で、より具体的なイメージを持って作業する必要があります。プロポーザルでは目立つことも必要です。建設コンサルタントでは苦手の人も多いようですが、企画書の表紙デザインは凝る価値があるように思えます。
2.3 新規性(情報の蓄積と連結)
 天才でもないかぎり、突然のアイデアなどというものはなかなか沸かないものです。日ごろの仕事で、生活の中で情報を蓄え、それらを繋げることにより、多くの発想が生まれます。

 プランナーが早期に得たい評価が「安定性」かつ「信頼性」に代表されるかもしれません。
 そのためには、新規性を持つ企画を手早くまとめる(速度性)という自己能力と柔軟性のある進め方で確実にこなすという能力評価を得なければなりません。
 言うは易しですが・・・。

2001年 9月号
 日本三名園と賞されている金沢市の兼六園の名の元になったのは、中国の「兼六」という造園に対する評価の6つの項目です。
6つの項目とは、「眺望」と「水泉」、「人力」と「蒼古」、「宏大」と「幽玄」です。
6つの要素がそれぞれバランス良く配された「庭」、「園地」が「良い」とするものです。これらの6つの要素は、「景観」と「素材」のバランス、「技」と「枯れ」のバランス、「質」と「空間」のバランスを表現していると考えています。
 言い換えれば、「場(広がり・奥行)の演出」と「時(変化)の演出」を「景観・素材」、「技・枯れ」のバランスの中から表現するということではないでしょうか。
 これは、地域活性化計画、景観形成計画などさまざまな計画に対しての評価項目としても考えることができます。
 ちなみに、理解しづらい言葉として「幽玄」がありますが、国語辞典では「深い味わいのあること、奥深くはかり知ることのできないこと」となっています。
 「宏大」が視野に対応した、云うなれば写真で表現できるものであるのに対し、「幽玄」は時間と空間の変化そのものを表現しているような気がします。

 中央に示した図形は、これら6つの関係と2つの軸を表したものです。
 縦軸は総合評価軸で、横軸は要素軸とでも表現すればよいのかもしれません。
 また、上向きの三角形は、自然から与えられたものですし、下向きの三角形は人を介したものです。
 この表現方法は、多くの図形表現をしてきた経験から私が見つけたものですが、この表現から多くの示唆を受け取りました。
 この図形表現は、キーワードとその位置関係にありますが、具体的な配置方法については、いつかご説明する時がくると思いますので、その時までの楽しみとしておいてください。

2001年10月号
 『共生』、聞き始めて長い時間が経過していますが、自然と人間との関係を自然破壊を伴う開発から一歩ひいて自然環境保全の立場からみるということでしょう。大辞林にはこう書いてあります。
「いっしょに生活すること」、「異種の生物の共存様式」、「人間が自分以外の事物にも共通の生命があるとみなす心性」
 先日テレビを観ていたら、自然と人間との共生という認識では共生は達しえず、「共死」という自然と人間との未分割の意識に目覚めてこそ、共生は達しうる、とのコメントを聞きました。
 これ自体はきわめて宗教性の強い番組(NHK・BS特別番組)でしたから、直接建設コンサルタントのプランナーとして知っておくべき知識ではありませんが、日々何となく使用している「言葉」というものの意味に敏感になっておく必要があるのではないかと思うのです。
 「地域活性化」に関する業務も多いはずで、道路、公園、河川、建築物など街を構成する物を立派にし、来訪者の拡大を図る計画を委託されたりします。
 しかし、プランナーとして「果たしてこの計画が活性化につながるのか」という自問に苦しむケースも多いと思います。
 この自問は、「活性化」という言葉の本来の意味より、むしろ「道路、公園、河川、建築物など街を構成する物の整備」という固定概念が生み出したものです。
 以前のニュースにも書いたように、「活性化」とは「元気をつけること」で、「地元が元気になる施策を計画する」という姿勢に立てば、おのずと自答できるようになると思います。
 「共生」の話題に戻ると、「共生」という認識だけでは、自然と人間の間に確固たる境界が存在していて、その関係の中で考えるとすれば、やはり「人工的」でしかない施策しか生まれません。人間と対立する自然(しぜん)ではなく、自然(じねん)という人間も環境も同じ自然の濃度・質であるという無境界な認識にたたない限りは、人間の行為を否定し、過度な自然保護だけとなってしまう恐れがあります。
 「言葉」というものに敏感になると、そこには多くのヒントが隠されています。

2001年11月号
 「癒し」ブームは「愛の欠乏症候群」の現れであると考えます。
 冒頭から過激な表現となりましたが、これには2つの意味があります。
 ひとつは「愛を実感できない」という受け取り側の問題と、もうひとつは「愛することができない」という問題です。
 注意しておきたいのは、ここでいう「愛」は「恋愛」の範疇を超えた大きな意味での「愛」です。
 2つの意味があると言っても、どちらも「愛」を理屈や具体的な行動でしか把握するしかできないということが原因です。
 「愛」とは「思い」の他何者でもなく、定義することは難しいとは思いますが、あえて表現するならば「支えようとする意思」ではないでしょうか。
 仏教用語である「慈悲」も同じことを指し示していると思いますが、「苦を取り去り、楽を与える」という意味だそうです。
 聖書には「自分のことのように隣人を慈しみなさい」というような言葉があるようですが、これも同じです。
 前回号にも書きましたように、「過度な自由の追求と自由を否定されることへの自己防衛」が「自分ひとりの力で生きている」という認識となって現れているように思います。
 家族、隣人、同僚など多くの人々から支えられているにもかかわらず、「自分ひとりの力で生きている」という意識が、愛の欠乏感となっているわけです。
 「癒し」は周囲からの途切れることのないストレスを忘れさせてくれるような、ゆったりとした自然のリズム(音楽だけでなく、さまざまな対象)に対して名づけたものでしょう。
 実際にリラックスさせてくれるものが「癒し」と感じるわけですから、日常生活を共に過ごす人々は、「自己自由を否定する人々」となりかねません。
 これを解消していくキーワードは「感謝」ではないでしょうか。
 感謝することで、支えられていることを再認識し、感謝されることで、癒されるのです。
 説教じみた話となりましたが、まちづくりを進めていくためにも、プランナーとして業務にあたっていくためにも、関係者と円滑に業務を進めていくためにも、この「感謝」は必要であると思いますし、その苦労が癒されるのも、この「感謝」であろうと思います。

2001年12月号
 計画を主たる業務とするプランナーとして(というよりは全ての仕事において必要なことかもしれませんが)必要な要件として、技術力、判断するための指針、そして相手に与える安心感があります。
 経験を積めば、自信が付き、これが相手にとって安心感となって現れます。
 仕事をやっていて問題が発生するのは、技術的な間違いは別として、ささいな誤字や計算間違いが発端となり、その対応が大きく問題視される場合が多いと思います。
 それとて確かに自らの間違いですから、迅速に訂正し、謝るなどの行動は必要なのですが、そこに相手からの安心感さえ獲得していれば、大きな問題に発展、すなわち、全てを疑われて
しまうような拡大化を招かないはずです。
 安心感は自然に身に付くものなのかもしれませんが、最も大切なプランナーとしての姿勢ではないでしょうか。
 確かに、初対面の依頼者と接する場合には、一定程度の年齢がこちらにないと難しいかもしれません。
 では、若い人は依頼者に安心感を与えられないかといえばそうではありません。安心感を与えるには、まずは「慌てない」ということではないでしょうか。大きな問題を起こし、慌てない態度をとるのは逆効果となってしまいますが、普段は「平常心」を保つことで、依頼者の安心感は得られると思います。
 次は、着実に依頼者の意図をつかみ、それに応えていくということです。依頼者は自分自身が何を要求しているのかを具体的に表現できないでいる場合が多いので、それを具体的な課題として表現し、確認することです。
 さらには、依頼者の今回の要望に応えるだけでなく、次の段階の要望を見極め、それを成果として見せることです。言い換えれば、依頼者の一歩先の成果を示すということです。
 特に今後ますます多くなるプロポーザルでは、依頼者の意図を掴むだけでなく、ライバル企業の成果を予想し、表現手法に凝ってみたり、着眼点を変えてみたり、差別化を図ることが重要です。
 プロポーザルの課題だけに四苦八苦していたのでは、プレゼンテーションとしての効果的な差別化ができません。そこには常に「余裕を持ち、周囲を見渡し、遊び心を持つ」ことがなければなりません。
 この差別化を続けることにより、依頼者が持つ会社へのイメージを良い方向に変えるきっかけともなるはずです。
 一定年齢以上のプランナーに「安心感」を依頼者が持つのは、経験に基づいた「余裕」があるからであり、決して年齢上の特権ではないので、若いプランナーもハッタリでも「動じない」姿勢を示せばいいわけです・・・といってもそう簡単ではないかもしれませんが。

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