争いをなくすためには?

 争いがどのように起るのか考えてみましょう。

 「自己の権利」が冒されそうになると、その防衛に争いが生まれます。

 「自己の主張」が否定されそうになると、その防衛に争いが生まれます。

 「自己の被害」が拡大されそうになると、その防衛に争いが生まれます。

 また、

 「自己の権利」を拡大しようとすると、その獲得のために争いが生まれます。

 「自己の主張」を定着させようとすると、その獲得のために争いが生まれます。

 「自己の被害」を正当化しようとすると、その獲得のために争いが生まれます。

 いずれにしても、「今の自己の状況・思いに執着する」ことから争いが生まれるのです。

 「自己に関係のないこと・無関心なこと」がどうなろうと別に争いは自分の所ににはやってこないのです。

 自分のテリトリ−が問題となってきます。

 テリトリ−の中心部に関ることであれば「争い」はほとんどの場合で起こりますが、テリトリ−の外縁部では「争い」はその時の精神状態で起る場合と起らない場合があります。

 親しい友人の中傷には笑っていられますが、そうでなければ、同じことでも「争い」になります。

 テリトリ−の中心部に関ることというのはほとんど起りませんが、テリトリ−の外縁部のことならしょっちゅう起ります。

 誰もあなたがやっているオタク的なことには気もつかなければ、何も言わないし、自分でも「オタク」と認識しているはずで、こうしたテリトリ−の中心部に関ることはめったなことがないかぎり「争い」の対象にはなりません。

 「こんなことで争いをするなんて馬鹿げたことだと後悔する気持ち」があれば争いは少なくなるはずです。