最終目的(宇宙存在目的)
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シヴァ神が絶対神であり、宇宙を創造した神であるとすると、シヴァ神の意志が継続する限り宇宙が存続することになる。
しかし、シヴァ神は破壊の神でもあり、創造し、かつ、破壊するくり返しを行う神ということになる。
問題はシヴァ神の踊る前の状況があり、何かのきっかけでシヴァ神が踊りだし、そして宇宙が創造されることにある。
では、シヴァ神が踊り出す前のシヴァ神とは何をしていたのか、それともその時に誕生したのかということである。
まず、シヴァ神は存在していたが、踊ってはいなかったとすると、何をきっかけとして、どういう意志で踊りだしたのであろうか。
もし、誕生した瞬間に踊りだしたとするのであれば、何がシヴァ神を誕生させたのだろうか。
この問答をいくら繰り返したところで、何の解決にもならない。
何かを創り出すために踊っているのであれば、平安な宇宙が誕生してもよいはずであるが、人類はそのようにはなっていない。
人類が失敗作品であるとするならば、なぜ現在のところ最後に生まれた生命として生きているのだろうか。
宇宙の確率はなぜか人類を産み出し、進化させ、そして異端児としての人類をのさばらしている。
シヴァ神は、何度も宇宙を創造し、破壊している。
これの目的が明確ではない。
シヴァ神も迷いがあって、試行錯誤しているのである。
単に宇宙をくり返し創造しているだけなら、シヴァ神は高度にインプットされた機械にしかすぎなくなる。
何かを目的に試行錯誤した宇宙を創造しているのだとしたら、志ともいえる目的が自ら発した意志なのか、より上位のイメ−ジからの指示に基づいてなのかが問題となる。
シヴァ神が踊る時も踊りもやめた時も変化しない根本がそこには存在していたはずである。
「空」がそれであるが、すべてがつりあった状態であり、四苦もなく、増減もなく、時間も空間もないイメ−ジである。
このイメ−ジがシヴァ神に宇宙を創造させているのである。
「存在し続ける」意志と「安定」した存在を求め、試行錯誤させているのである。
ではこのイメ−ジがシヴァ神に求める試行錯誤の目的は一体何なのだろうか。
人類が生息している現宇宙と、現宇宙を試行錯誤しているシヴァ神と、シヴァ神に試行錯誤させているイメ−ジと、人類から見れば、3段階も上位のイメ−ジが持つ目的である。
人類と関係ないほど遠い存在、考えてもしょうがない存在というイメ−ジが涌くかもしれない。
イメ−ジの持つ目的は、シヴァ神のように形づくる行為ではなく、思想もしくは精神状態である。
「存在し続ける」意志と「安定」した存在を実現することにより得られる「感謝」されることに感じる「至福」を求めているのである。
師匠が弟子に機会だけを与え、弟子自ら深めるその生き方をただただ観ているだけで、弟子が一人前になったときに褒めるのと似ているかもしれない。
ただし、イメ−ジに感謝する存在は、イメ−ジが自己とは異なる存在として成長したことに対して「感謝」するのではなく、イメ−ジが自己と「一」になることに対して感謝するのである。
この存在でさえもまだ「安定」はしていないのであり、「イメ−ジ」と「一」になってはじめて「安定」するのである。
すなわち、「人類を含む全ての生命」、「現宇宙」、「シヴァ神」、「イメ−ジ」、「更なる宇宙の主」が上位下位の関係ではなく、「一」の意志に目覚めることが「目的」なのである。
「全体」の中に「部分」があるのではなく、「部分」が「全体」を構成しているのではなく、無限に続く「全体」と「部分」の関係なのではなく、「全体」が「部分」と「一」になることによる「全体」、「部分」の消滅を意味するのである。
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