幸せ

 社会に何をしようとしているのですか。

 会社で何をしようとしているのですか。

 自分で何をしようとしているのですか。

 対象とする範囲は社会が最も大きいかもしれませんが、やりたいことの最も大きいのは自分です。

 自分でやりたいことが最も大きくて、その1/3を会社や社会でやっているのです。

 1/3が自分のため、1/3が家族のため、そして残りの1/3が社会や会社のためなのです。

 でも、仕事というのは何なのでしょうか。

 自分のためでもあり、家族のためでもあり、会社のためでもあり、社会のためでもあるというのが理想でしょう。

 自分をだまし、家族をだまし、会社をだまし、社会をだます仕事をやりたいと思っている人など基本的にいないでしょう。

 でも、自分に執着するから、家族に執着するから、会社に執着するから、社会に執着するから、バランスが崩れ、何かをだましているのです。

 何かをだますから、ストレスがたまるのです。

 全てのために仕事するから、結果的に自分のためになるという公式をいつも心に留めていけば、いつも幸せです。

 自分の地位を高めることに執着するから、会社の他の人が敵になり、仕事の虫になるから家族を犠牲にし、会社の利益を目的にするから、社会の汚点となるのです。

 聞いたことないですか。

 関西大震災の時にボランティアした人が「人にあげたことよりも、いただいたことの方が多い」という声を聞いたことはありませんか。

 人を支えようとする心が支えられることなんです。

 仕事でも同じです。

 計画しようとしている場所が最もすばらしくなるように考えていれば、いつか認められ、感謝され、喜びを感じるとともに、自分の技術が向上し、そして多くの人が認めるようになるのです。

 認められることを目標にした仕事は、より短時間に効果を上げようとする手法にはしり、砂上の楼閣となってしまうのです。

 自分の目標を達成しようと思ったら、人の目標を達成してあげるようにすることです。

 自分のやりたいことをしたいと思ったら、家族のやりたいことをさせてあげることです。

 家族のやりたいことをしたいと思ったら、会社のやりたいことをしてあげることです。

 会社のやりたいことをしたいと思ったら、社会のやりたいことをしてあげることです。

 切っても切れない関係をいつも心にとどめておいて、行動していれば、いつかは自分の目標は達成できるはずです。

 だって、嫌いな相手からは嫌われるはずです。

 好きな相手からは嫌われることもあるかもしれません。

 でも自分のことだから、自分が変わればいいのです。

 人を変えようとするよりは、自分が変わった方が確率が高いと思いませんか。

 自分が自分を信用できなくなるようなことを、自らどうしてするのですか。

 そんな自己催眠のような複雑な思いはもうやめにしましょう。

 純粋にやりたいことをやりたいと思えばいいし、このために家族、会社、社会のためにしたげればいいのです。

 これができるようになれば、社会の枠を広げて、環境だとか、地球だとかに広げていけば、もう立派な人間です。

 仕事をつまらない、単に生活の糧を得るためだけのものだと思っているうちは、仕事ではなく、作業をしているだけなのです。

 仕事には無限の志をつぎ込むことが可能です。

 時間や束縛はあるかもしれませんが、その中で自分の思いはつぎ込めるはずです。

 それもしないで、仕事を評価しているようでは、まだまだアマチャンです。

 自分に何をしてもらうのかではなく、自分には何ができるのかをいつも考えてください。

 そうすれば、混沌は解消され、生き生きとした時間を持つことができます。

 何のために生きているのですか。

 「金」、「地位」、「名声」そんなことではないのです。

 「幸せ」のために生きているのです。

 「金」を得る、「地位」を得る、「名声」を得る。それもその瞬間は「幸せ」かもしれませんが、きりがないのです。

 それよりも「感謝」された時の「幸せ」はすばらしい記憶となって残りますし、おまけとして「金」や「地位」や「名声」がついてくれば、これは「至福」というほかにありません。

 自分のやりたいことが「至福」という財産となって戻ってくれば、まさにこれ以上のものはないのです。

 私はとても、いつも「幸せ」です。

 なぜなら、「幸せ」になるコツを知ったし、こうしてあなたに告げることができるからです。

 よけいなおせっかいかもしれません。

 でも、「幸せ」になりたくないなんていう人がいるでしょうか。

 正直者が馬鹿を見るなんて言いますが、それは第三者が見るのであって、とうの本人は「別に」というイメ−ジのはずだし、そんなことに価値を見出さないでいる人が多いはすです。

 そうでなければ、「正直者」なんてレッテルをはられないはずです。

 「だまされたのは自分が悪いから」とあきらめが早い方がどれだけ「幸せ」かを人々は知らないだけなのです。

 いつも騙されやしないかと思って生きているより、騙された時は騙された時と思って、気にしないで生きていた方がどんなにか楽です。

 こんな「神様」みたいなことを言っている私は、言っているほど「神様」みたいな人間ではないけれど、少なくとも今のあなたよりは「幸せ」だと思うし、比較することではないけれど、このままでは、いつまでたってもあなたは私より「幸せ」になれないと思う。