宇宙はどこからやってきたのか?

 宇宙はビッグバ−ンという事件があって誕生されたことが徐々に証明されてきています。

 では、ビッグバ−ン以前の状態とは一体どのようなものだったのでしょうか。

 宇宙がなかったのですから、「無」と言えるかもしれませんが、無から有がうまれるのであれば、エネルギ−の法則が間違いだったということになります。

 この状態を東洋哲学では「空」と言っています。

 「空即是色、色即是空」の「空」です。

 「空」は「存在でもなく、非存在でもない。存在かつ非存在でもなく、存在でもなくかつ非存在でもないものでもない」とされていますが、何がなんだかわからないと思います。

 これは「人類が観察できる」ものが「存在」であると考えればよいのではないかと考えています。

 人間が観察できないからといって「非存在」ということは言えないし、観察できないものが「存在」しているといっても、観察できないのだから「非存在」と扱うしかないのだけれども、「存在」している何かと考えるべきなのかもしれません。

 テレビで人が歩いているのが映っています。

 確かに、人と判断できる格好をした人が手と足を交互に動かして歩いているという映像に見えます。

 ところが、画面の近くで、できれば虫メガネでこれを眺めると、3色の点が大きさを変化させているだけなのです。

 点が移動しているわけでも、1つの点が様々な色に変化しているわけでもないのです。

 点はその場にい続け、ただ、大きさや濃さを変えているだけなのに、離れると、人が確かに歩いているのです。

 観察はできないけれど、最少粒子が存在していて、これが振動して、様々な性格を観察させてくれると考えています。

 ごく振動の少ない状態では、電磁波、もう少し振動が大きくなるとプラズマ、そしてさらに振動が大きくなると物質になるのです。

 最少粒子のつまった状態が空であり、その最少粒子が振動し、様々な電磁波やプラズマや物質となった部分が私達のいる宇宙ということなのです。

 ビッグバ−ンは最少粒子の振動が一定以上になり物質化したときに、万有引力(存在としての執着)が発生し、これが物質をエネルギ−に変化するほどの大きさとなりおこったと考えられます。

 それにより、水素やヘリウムなどが初期に発生し、発生した水素やヘリウムが再び万有引力によって一定以上集まったときに再びエネルギ−を発散し、これが次の段階の粒子を産み出すといったことを繰り返して様々な粒子を創っていったのです。

 でも、こうした粒子は全て最少粒子の振動の結果、粒子として見えるということなのであり、どこにでも最少粒子が基本なのです。

 私達の体も振動の結果できているにすぎないものだとしたら、どうしていつもそこに存在するようにあるのかということが問題となります。

 ムカデが100本の足をリズミカルに動かして移動しますが、決して1本目の足を動かしだした一定時間後に2本目の足を動きだすといったことを考えて移動しているわけではありません。

 それらは一連のシステムとして「移動する」という命令に基づき稼動しているにすぎません。

 人間の体であっても、別に意識することなしに、存在していても何等不思議はないのです。

 意識に登ってこないシステムとして「物質に執着する」という意識に基づき他システムが働いているのです。

 ですから、現実的な生活の中でこれを意識しなくても、存在するのです。

 天動説が地動説に変わった時に、人々は不安になり、地面に横になってしまいたい衝動にかられましたが、別に生活が変化することはなく、単に意識の中で不安が生じて、立っていられなくなっただけなのです。

 一つ(そんな表現が適切かどうかはわかりませんが)の最少粒子があるときは物質となり、光となり、プラズマとなり、さらには、皮膚となり、内臓となり、血液となり、といった具合に振動によって変身するのです。

 かりに光速以上の移動を実現する能力のある物質があったとしても、最少粒子の振動が伝達するスピ−ドが追い付かなくて、実際にはそれ以上出せる速度がないといったスピ−ドが発見されるかもしれません。(音速より早い音はない?)

 この場合の速度とは絶対速度であり、総体速度ではないことに注意してください。

 以上のように、最少粒子の集まりである「空」という存在の一部に振動が生じた結果が宇宙なのです。