4.人づくり
![]()
分譲住宅での街づくりは、景観・環境性と経済性の二つのベクトルの引き合いで決まり、その後良好な住環境を保つための町内会活動によって街づくりが完成していく。
既成市街地では、現状での環境悪化に対する危機感ないしは他の地域との比較論から街づくりに対する意識が自然と高まり、街づくりが始まる。
これに対し、杜の里のように土地区画整理事業などの宅地開発においては、空地としての宅地の広がりの段階から計画を練り、これに沿って地権者などが協力してビルドアップが始まる。
つまり、何もない状況で、大部分が居住者とはならない地権者の街づくりへの参加から街づくりが始まり、長時間の中で徐々に居住者が増加し、町内会活動が生まれ、その中で街づくりが閑静していくといった、気の長くなる事業となる。
「実態」のない状態で、「将来の街の姿」を実現していこうとする「人」の熱意だけが街づくりの骨格となるものであり、「街の将来を信ずる」人の輪を広げていくkとおのみが街づくりの実現を達成させる手段である。
人づくりは、誰かががんばっていて、がんばっている人に誰かが感動し、その人もがんばり、その輪が広がってがんばっている人の集団を形成し、がんばっている団体が言うことなら、あまり賛成ではないけれど、協力してみようかと思わせる「しくみ」が必要である。
たぶんこの「しくみ」の骨格を成すのは、街づくりをわき目もふらず進めている「しかけ人」と「智恵人」と「行い人」ではないだろうか。いずれが欠けても街づくりは実現しないような気がする。
簡単にいえば「言いだしっぺ」ということにでもなるのだろうか。
街づくりの必要性を感じている人は最近多いとは思うが、その中で実行できる人はまだまだ少ない。言ったら最後自分が大将とならねばならない。でも面倒である。
街づくりは税金のように、住民が少しずつ何かを出し合って成立するものであり、反対者にとっては個人の権利を束縛するものとして「しかけ人」は中傷をあびるかもしれない。
「言いっぱなし」の人も「言いだしっぺ」にはなるが、「しかけ人」にはなれない。こんな人も多く見受けられる。
ここでいう「しかけ人」は「目標」と「指導力」を持った人である。
「しかけ人」が大将ならば「智恵人」は参謀ということにでもなるのであろうか。
大将の考えた「目標」を実現するために、具体的に何をすればよいのか「計画」を練る役割である。
当然、大将も「計画」は持っているはずであるが、参謀はそ対象者の人間関係、環境などを探り、その中で最善策を考えなければならない。
大将のいいなりになる人も大将の相棒にはなれるかもしれないが、ここでいう「智恵人」は「智恵」と「能力」を持った自主性の人である。
大将がいて、参謀がいれば、あとは兵ということになるが、街づくりに「兵」などはいない。
「行い人」は「己の利益」を追うことはしてはならず、街づくりを身をもって実践し、行い人を増やしていかなければならない。
したがって、ここでいう「行い人」は「仁」を持ち、「情報収集、提供」する人である。
![]()